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日本史(戦国史)やらゲームやら漫画やらメインに 二次創作と妄想を垂れ流すサイトです。 初めての方は”はじめに”からどうぞ。
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writer:柴漬亀太郎 2024-05-07(Tue)  
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七夕には記念作品をアップしよう…
writer:柴漬亀太郎 2009-07-07(Tue) 南北朝時代(小説) 
そう考えていたときが私にもありました…(オイ)
拍手本当に有難うございます。もうすぐ二周年です、有難うございます。
相変わらずなこれからも変わる予定の無いブログで実にすいません…OTL
拍手を力に頑張っていきたいと思います。…いけたら…いいな…(え)
大河ネタ捏造初音さんシリーズはとりあえず本日を持ってボッシュートさせていただきます。
見てくださった方々、本当に有難うございました。酷い妄想でした(自覚はあったよ)




「しかれど我ら太平を望むもの」(足利兄弟と高師直)
ギャグでと思ったらいつの間にか意味不明なベクトルに飛んだ話(死)
建武政権崩壊前の、つかの間の一時。ほのぼののつもり。つもり…だったんじゃよ…
そして残念ながら七夕とは一切関係ありませんOTL











(…この音は……)

近況報告その他諸々のため、久しぶりに京都の高氏の屋敷へと訪れていた直義は
向う先から聞こえてくる懐かしい音に足を止めた。
上手く音が出せないのか、どこか擦れてときに調子はずれな音まで出てしまい
奏者の慌てた溜息が音の合間に聞こえてくる。お世辞にも、上手いとはいえない。
けれど酷く懐かしく、どこか優しく暖かいその音色に直義は自然と頬を緩めた。
子供のころから、直義は兄の奏でる音色が好きだった。
ふと湧き上がった郷愁の念と悪戯心が、その先へと進む足音と気配を薄れさせていく。

「笙ですか、兄上。」
「たっ…直義!!いつから…って、…むう…その様子では散々聞かれてしまったな…。」
「散々も何も、子供のころからずっと聞いておりますが。」
「…それにしても今のは聞かれたくはなかったのだ…。」

よほど笙に集中していたのだろうか。何の前触れも無く突然かけられた声に
大仰すぎるのではないかと言うほど体全体で驚きを表して高氏は気恥ずかしそうに顔を背けた。
幼い時分…まだ高氏が笙を習い始めたばかり、自分の前でまったく上手く吹けなくて
すねていた姿などを思い出して、零れそうになる笑いをなんとか押し留めた。
代わりに驚かせてすいません、と謝罪して高氏と向かい合う形で座り込んだ。

「つい懐かしい音色だったもので…途切れさせたくなかったものですから。」
「相変わらずお前は…からかうのはよせ!いくらわしでも先ほどのあれが散々なものだというくらい分かるわ…」
「いえ、確かに…その、散々なものではありますが。私がお止めしなかったのは懐かしかったからと申し上げました。昔を思い出しまして…何、勘が戻っていないだけでしょう。すぐに元の通りになりますよ。」
「むう…言いたいことを言ってくれおって…。確かにもう随分と吹いておらなんだがなぁ…」

まさかここまでとは…と少々消沈してしまう高氏に直義は困ったように笑う。
素直な兄の性分は、そのまま笙の音色にも表れる。

「ここ暫くはそれどころではありませんでしたから。楽に心を傾ける余裕も無かったでしょう。これからまた少し忙しくなりそうですが…なに、世が落ち着いたらまたゆっくり励まれればよいのでは?兄上は腰を落ち着けてじっくり取り組んだほうがよろしいように思われますよ。」
「む…確かにその通りなのだが……そう、今更と言うものなのだが……」
「…?どうかなされましたか?そういえば、どうしてまた急にそんな…」

自身の性格を自身より把握した弟の的確な言葉に半ば納得しながらも歯切れの悪い高氏の
不可解な様子に、直義はどこか嫌な予感を隠せないまでも、やはり尋ねた。
…尋ねなければよかったのかもしれない。大体、ある程度予測がついていただろうに。
いや、しかし見てみぬ振りだろうとやはり自分の知らぬところでというのは癪なものであって。
直義は後にこの時のことを色々と逡巡するが、結論から言えば答えは出ていない。
高氏は言い出しづらそうに、しかしどこか喜びを押さえきれないような浮ついた調子で、
もごもごと言いよどんでいた言葉をついにポツリと吐き出した。

 


「……実は、な。今度御上の御前で…その、笙を披露することになってな…それで、練習を。」
「………………………………………………………………へぇ。」

どこかで何かに大きなひびが入った。
ぽっと効果音が出そうなほどほんのり頬を赤く染めて顔を背ける高氏と対照的に
直義の表情は先ほどの緩んだ笑顔はどこへやら、雪山を背景にした絶対零度のそれへと
一瞬で変貌している。長い沈黙の末に出された相槌は何オクターブか分からぬくらい低い。
穏やかな春の空気が畳三畳分ほどの空間だけ暗黒空間へ変わり果ててしまったことは
幸運なことに本日この離れに高氏が余り人を近づけなかったため知る人は少ない。
少ない…と思いたいところだが色々と漏れでていそうなのでその実は知らない。
でれでれと気恥ずかしい様子のまま顔を抑えている尊氏は勿論気づかない。
(よりによってまたあの馬鹿帝の差し金かッ………!!!!)
胸のうちで荒れ狂う業火を表に出すまいと直義はソウナンデスカ、と生気のない声で続けた。

「まあ、それでな。わしも帝に到底お聞かせできるものではないと申し上げたのだが…み、帝が是非聞きたいとそう仰って下さってだな…!!!!」
「……へー、ソウダッタンデスカ…。…私その話まったく聞いていないんですけど。」
「お前は鎌倉にいたからなー。くうう、お前もその時京に居ればよかったのに…!!そうだ、今からでも御上にお前も連れて行けるようにお願いして」
いえ、結構です。私も何分忙しい身ですので。」

高氏の言葉を最期まで聞くことなくぴしゃりと即答した直義に高氏は少々残念そうな様を
隠さなかったが、すぐにじゃあ仕方が無いなと困ったように笑いかけた。
高氏の機嫌は相当いいようだ。帝から笙を請われたことが素直に嬉しいのだろう。
直義の目からでなくとも高氏の浮かれようは一目瞭然だ。
そして直義にはそれが素直に気に入らなかった。煮えくり返る腸、凍りつく顔面。
正直あんな帝のどこがいいのだろうか。高師直の存在と同じぐらい理解に苦しむ。
(…あんな生命力が無駄に強いだけの偉そうで傲岸で自己中心的で計画性のないものの道理など何一つわきまえていないような血筋を取ったらぶっちゃけ只のおっさんどころかそれより性質が悪いそんなやつのどこが兄上はそんなに好きなのですか…いや考えたくもないけれど)
そりゃ我々よりもそのような修養はあるだろうけれども。なんたって一応帝だし。…一応。
(いやいやいやいや!だからと言って我々の本分は武士だ!あのような輩とやたらめったらと付き合うのは兄上の今後によろしくない!というか兄上によろしくない!!)

「……余計なことを申し上げるかもしれませんが、今回は見送られてはいかがですか?先ほどの様子ではやはりまだ帝にお聞かせするわけにはいかないのではないでしょうか。しかし修練をつむとて京の治安も安定せず兄上もまだご多忙の身の上。そう易々とはいきますまい。」

とりなおして、冷静な弟の顔でそう告げられると、高氏もうっと言葉に詰まった。
どうやら痛いところを突かれたらしかった。

「…むう…そう、それなのだ……今のままでは到底披露するに及ばないのだ…ああは言った手前、少しは自信があったのだが…まさかここまでになっておるとは…。た、直義。率直なところ、お前はどう思う。」
「聞くに堪えませんな。」
「…さっきはそこまで言ってなかったぞ。」
「我々の感性で、での話です。御上ともなればさぞ音楽に造詣の深いことでしょう。私たち程度が満足するような演奏ではとてもとても御耳に及ばないのではありませんか?…まあ恥ずべきことなのかもしれませんがそれは我々の本分ではございません。少なくとも、今は。世が平穏を得てこそ我らもそのような時が作れましょう。」
「…む…うううう…」
「それに…正直に申し上げますと。…口さがない公家の輩に何を言われるか。足利の棟梁がそのような恥をかかされ笑いものにされるのも耐え難いことですが、…それで兄上が傷ついてしまわれることのほうが、この直義には耐えられません。」
「直義……」
「兄上、悪いことは申しません。この度は見送られては如何でしょう。御上の方には私から上手く申し上げておきます故。何、来るべき時が来たならば、また機会はございましょう。」

兄が心配でたまらないのだ、という心を表情の前面に押し出して冷静に、しかし熱を入れて説くと
初めは渋々という形で聞いていた高氏も、途中で感極まったように眼を潤ませ弟の名を呼んだ。
ぶっちゃけ、ちょろい。しかしここで勘違いしないで欲しいのは直義はなにも表面だけ
兄のみを案じ諭す弟を演じているわけではない、という点だ。誤解しないで貰いたいが、
足利直義は誠心誠意、心の底から、南無八幡台菩薩、天地神妙に誓って本心も本心から
兄・高氏の身と心の健やかたるだけを案じ、このような説得に至っているのである。
そう全ては兄上のことを思って。兄上のことを思うからこそ心を鬼にしているのだ。
けしてあの某帝のことがこの世で高師直の次に気に入らないから、等という個人的な理由ではない。
…完全に無いとは、言わないが。
うんうん、と直義が誰に向けたのか分からない自己弁護をちょうど終え、
納得していただいたようでよかった、と高氏に微笑みかけようとしたそのときだ。
ぽつり、と高氏が直義の名を呼んだ。

「…直義。」
「はい、なんでしょうか?」
「……その、お前がそんなにわしを心配してくれておるとは思わなんだ。とても嬉しく思う。ありがとう、直義。」
「兄上…当然のことです。礼をおっしゃる必要などありませ」
「だから本当に申し訳なく思うのだが……その………やはり行っても良いだろうか。」

 

 

「「……………………………………………」」

 

 

カコーンと間のいい音でも響けばよかったのだろうが勿論そんなものは無かった。
世の中そう上手くできていないものである。よって兄弟間の沈黙は気まずいこと限りなしだった。
てへ☆とでも効果音の付きそうな引きつった愛想笑いの高氏に対し
直義の口元は「は」と言い掛けて止めたように固まり笑っているようにも見えるが
勿論目は笑っていなかった。怖い。そのまま兄弟はたっぷり20秒ほどにらめっこを続けて、
先の根負けしたのは―――――――――直義だった。
高氏の愛想笑いが崩壊しきるのを前に、はあ、と大きな溜息をついてゆっくりと兄に尋ねた。

「……理由をお聞きしてもかまいませんね?」
「…うむ…」

直義が譲歩の姿勢をとったことが以外だったのか、高氏は一瞬戸惑いを見せたが
弟の問いにしっかり頷き、喋り始めた。

「…馬鹿にされるかもしれないのは承知の上だ。けれど、それでもわしは、御上に今のわしの笙を聞いていただきたいのだ…」
「……それは、」
「わしが疑われておることは知っておる。次なる北条氏は足利ではないかと、な……」

北条の名を語るとき、高氏は一瞬痛みを堪えるかのように顔を歪め、無理矢理に笑った。
そんな高氏に思わず言葉をかけようとして、直義は思いとどまる。
倒幕の戦に最もといっても過言ではない働きを為し、そして今も鎌倉を中心として
多くの武士への影響力を保持する源氏の名門、足利家。
北条の治世を否定し、新しい天皇の支配を掲げる新政下において足利が第二の北条となり
それを脅かすのでは、という恐れは抱かれてしかるべしであった。
高氏も直義もそれは覚悟の上、…いや本音を言えばそれを否定しきれない疚しさもあったのだが。

「(…疚しさなどという言い方は正しくはない。別に疚しい事など何もない。私たちは。)」
「…確かにわしは、何もかも御上と同じ考えではない。わしはやはり…征夷大将軍を戴き幕府を開く夢は棄てきれぬ。そうあるべきだと思うておる。…故に、彼らの讒言を否定しきれぬ。」
「………」

不甲斐無い、と俯いた高氏に直義は黙って首を振る。
しかし、と高氏は顔を上げて力強く続けた。

「わしは断じて、末期の北条のようになるつもりはない!天を御上から奪い世を乱すつもりなど!私もまた太平を願っている、安き世を作りたい、…今は形は違えど、お互いに手を取っていけると思っていると、…信じていただきたいのだ。」
「…そのために?」

どこか悲痛でさえある高氏の叫びに直義はかすかに眉を顰めたが、
努めて穏やかにそう尋ね返した。高氏は一拍だけ呼吸を置いて、黙って頷く。
そんな兄の様子が何故だかとても痛ましく思えてしまって、直義は目を伏せる。
(……兄上は、…正直が過ぎる。)
良くも悪くも、素直に過ぎる。外にも内にも、自分の感情に上手く嘘をつくことが出来ない。
それは高氏の美徳であり、多くの者たちが彼を慕い、直義もまたそんな兄を愛している。
けれどそれは時に正直であるが故に迷いを生み、彼をいたく傷つけるのだ。
高氏は、信じている。それを理解してもらえると、手を取り合えると。そうなって欲しいと。
破綻は目に見えていることを理解する一方で、心の、どこか奥深くでも。
(…………………やはり)
やはり、行くべきではない。と直義は思った。
例えどんな結果が待っていようと、最終的に傷つくのは高氏だ。どんな形であれ。
一度抱いてしまった情を何だかんだと誤魔化すことのできない人間なのだ。
それに、直義はこの先の未来を、

「……兄上。無礼を承知でもう一度申し上げます。やはり私は行かれるべきではないと思います。兄上の仰ることは…尤もではありますが、御上に誠意をお見せになられるならばもっと別のやり方があるのではないでしょうか。兄上、私は。」
「………うん。」

高氏が頷く。直義も少し、目線を落とした。

「私は、兄上のことが心配なのです。」
「……うん、直義…」

分かっている、と高氏はやはりほんの少し傷ついたように笑った。
軋みともすれば緩んでしまいそうになる心の箍を必死に抑えながら、直義は尊氏と向き合う。
(分かっていない。兄上は、分かっていないからそんな顔をする。)
思い切り溜息をついてしまいたい、それをしないでいられるのはもうとっくに慣れてしまったから。
このような問答だって、内容は違えどそのパターンたるや繰り返されたものだ。
高氏の強情は昔から折紙つきだ。強情なくせに悩む。悩んで悩んで棄てきれない。
兄の甘さも、それを自覚していると言いながらやはり矯めきることの出来ないところも。
直義は高氏以上に高氏のことを理解しているといってよかった。
(それで苦しむのは、結局兄上ではありませんか。)

「……けれどな、直義。傷つくのも上手くいかないのも予想がつくことだというのに…それでも、わしは行きたいと思っているのだ。」
「…兄上。」

直義が続けて何か言おうとするのを視線で遮って、高氏は一拍の間の後、息を吐いた。

「直義、……御上の笛の音をお聴きしたことはあるか?」

するりと動く尊氏の目線を直義が追い、兄弟はほぼ同時に外に眼をやった。
見下ろす木目の先敷居を越え、廊下をなぞり庭を這い、寄り添いつたえるのは塀までだ。
後は何も無い、ただ広々とした青空が広がっている。何にも妨げられることない、自由。
あまりに許容されすぎるが故に、心許ないくらいの日差しの眩しさに、思わず目を細める。

「演奏は奏者の心をありのままに映す。そして本当に美しいものは、まこと混じりなき曇りなきものは、きっと技術も知識も言葉も越えて直接心に染み入るものなのだ。」

空を見上げ、その声にだんだんと興奮の色を増していく高氏の横顔を、直義は見ていた。
まっすぐな憧れと尊敬と喜びに、きらきらと輝くその瞳を見ていた。
同じ父を持ち同じ母の胎から生まれた兄弟は同じ色の同じ瞳を持っているはずなのに、
直義は自分のそれと高氏のそれが似ていると思ったことは一度も無い。
それでも似ているといわれることが嬉しいのか、本当は似ていないことが喜ばしいのか、
兄の瞳の中に一体自分が何を捜そうとしているのか、実のところ直義は未だに分からなかった。

「あの音を聞いた。あの美しい音を。美しい、ああ、わしはそう思うことしかできなかった。かように美しきものがこの世にはあるのだ。醜く愚かな汚らわしいだけのものではないのだ。わしらは美しい世をつくっていけるのだ。これからは、そのような時代が始まるのだ。」

興奮冷めやらぬ、半ば陶酔さえしたかのように高氏は早口にそう言い切り、
再び直義に向き直って満面の笑みを浮かべた。
その少年のような純粋さに満ちた真っ黒な瞳が、どうしてそんなに澄んでいるのだろう。
直義はしかしそれに後ろめたささえ感じることが出来ず、目を逸らすこともできず、
頭の中は酷く明瞭なままに、ただ兄の笑顔に惹き付けられたまま動けなかった。
呆れたのかも知れなかった。もしくは思いもしないことに飲まれてしまったか。分からないが、
しかし。もっと、ただ、単純に、こんなに嬉しそうな兄は、久しぶりだった。

「なあ直義、わしはどうしたらいいのか分からぬ。人と人は、どうしたら真分かり合えるのか分からぬ。何を交換すれば、何を見せ合えば、信じあえると言うのか友となれると言うのか、わしには分からぬのだ。かように定かでない脆き糸に縋ることさえ出来ぬ人の業はどうすれば断ち切れるというのか。分からぬ、分からぬ故恐ろしい。生きていくことが。誰にも言えぬ、お前にしか言えぬことだが。」

だが、と高氏は笑う。震える手を引っ込めて。

「どうにかなるような気がしたのだ。どうにかできるような気がするのだ。あの音を聞いて、御上の笛を聞いて、わしはそれでも信じることが出来ると思ったのだ。わしは聞いてもらいたい、今のわしの嘘偽りの無い気持ちを御上に聞いていただきたい、わしも御上と同じ気持ちであると、信じてもらいたいのだ。なあ、直義、」

身を乗り出した高氏が直義の手を取る。
思わず少し身を引こうとしてしまったことを後悔するが、高氏が気にした様子は無かった。
高氏の目が直義の瞳を覗き込む。自分の目が覗き込まれてしまうことが何故か恐ろしくて、
目を逸らしたいと思ったが、できるはずもない。
兄上。続けて何か言おうとした。まず、落ち着いてください、と。
落ち着いてください。兄上は少し興奮しすぎていらっしゃる。白湯でも飲んで落ち着いて、
仰りたいことをなさりたいことを、一度整理しましょう。そしてこの直義の話をお聞き下さい――
頭はいつも通り冴えていて、思考回路も正常に運行している。
なのに、何一つできなかった。その黒い瞳の中に映る自分の姿を認めたときに。
高氏が笑う。困惑した弟を宥めるように優しく、勇気付けるように。兄の顔で笑う。

「大丈夫だ。心配要らない。きっと上手くいく。きっとこれからは、何もかもがいい世になっていく。」

だから。
そう笑う高氏の笑顔が、子供のころから変わらなかった。
子供のころから変わらない兄の笑顔が、酷く眩しく美しかった。

 

 

 

 

 

 


「それで、結局説得は失敗なされたわけでありますか。」
「煩い黙れ。兄上の気分転換にはちょうどいいかと思っただけだ。別にこれからもそうあるべきだとは思っていない。」
「まるで小姑…いえいえ何も申しておりませんよ、そのように睨まないで下さいませ。そうですか…御舎弟殿の説得には期待していたのですが。わたくし共も警護にかり出されるのは少々面倒でありましてね、まあ馳走に預かれるのは喜ばしい限りなのですが。」

くっくっくっ、と高師直は楽しそうに笑ったが、理解したくも無い。
結局高氏は帝の招きに応じることに心を決めた。今も政務の合間を見て笙の猛特訓中だ。
根負けして高氏を帝のもとに行かせることを(しぶしぶ)承諾した上に
こうしてその経過と此れからを話す相手がこの男だというのだから最悪なこと極まりない。
面白いわけがない。面白いわけがないだろう!!
苛立ちを一目瞭然、らしくもない貧乏ゆすりで発散しながら直義は米神に手をやった。
もう既に頭がキリキリ音を立てていたがこれからのことを考えると更に痛みが増すようだった。
そんな直義の様子が面白くて面白くて仕方がないというように師直は声を上げて笑い、
直義が振り返って睨みつける度だけにわざとらしく声を抑えてにやにやと直義を見つめていた。
そして更に眉根を吊り上げる直義をからかっているのは明白で、それがこの二人の日常であった。

「まあまあそうお怒り召されますな。殿がそうしっかりとお決めになられて行かれるのならば喜ばしいこととして歓迎せねばなりますまい。殿はこれから否が応でも都の公家共と渡り合ってゆかねばならないのです。此度の結果がどうあれ…殿にとっても御舎弟殿にとっても、ひいてはわたくし共にとっても今後を推し量るに於いては良き経験になるとわたくしは思いますがね。」
「…どちらに転んでも、か。相変わらず嫌らしい奴だ。」
「おやおやおや。わたくしはてっきり御舎弟殿も同じお考えだと思いましたがね。口に出したばかりに汚れ役を押し付けられるとは。口は災いの元とは真ですなぁ。しかしそんな風に思われては実に無念です。ええ、無念ですとも。」
「……もういい。いい加減にしろ。」

より芝居がかった調子で涙ぐんでみせる師直に既に許容以上の怒りを覚えていながらも
これ以上付き合うのは馬鹿馬鹿しい――それ以上に師直の思う壺であることは分かっていたので
直義は溜息をついて師直の流れを断ち切った。
師直がそれに不満の声を上げはしたが直義は勿論さらりと無視した。無視をするに限る。

「まあ、冗談にならぬ冗談はここまでにしておくとしても。」

もう幾らからかっても直義は釣られてこないことを理解したのだろう、
ふと笑う師直の声の調子が変わったことに気づき、直義はほんの少し目をやった。
先ほどまでの癇に障る憎たらしい笑みとは違い、どこか穏やかな優しい笑顔だった。
勿論、それでも気に入らないものは気に入らないのだけれども。

「真、良き経験になると思っておりますよ。都の華やかなそれに触れ、自らもそれに身を投じるなど…楽の如きそれならばなおのこと。穏やかなる心なくしてできるものでは有りますまい。我らは戦こそ本分の身の上なれど、殿と同じ。世の平穏心の安寧に越したことはございません。そして世は而れども無常、太平はけして永久では、ない。」
「…………。」
「なぁに、良いではありませんか。わたくし共も明日はどうなるか分からぬような時代なのです。楽しめることは楽しめるうちにしておくが得策かと、わたくしは存じますがねぇ。」

からからと笑って師直は空を見上げ、青空を旋回する鳶を見つけては手を振っていた。
そんな師直を直義は黙って見つめている。眉をしかめたままの仏頂面で、しかし黙って。
結局師直の言葉に何も言わなかったのは、直義もまた、そう思わないでもなかったからだった。
仮初の平和。空虚な秩序。偽りの絆に保たれる崖っぷちの世でつく一息を、
馬鹿馬鹿しいと思いながらも切り捨てられないのは直義も同じなのだ。
結局高氏を強く止めきることができなかった理由は、直義自身のその迷いに帰するのだろう。
やらねばならぬことが、為さねばならぬ道がある、けれどこのまま、このままも。
このままの時間にだって、きっと、

「くっくっくっ!いやいやそう思えばこうして御舎弟殿と気ままに雑談に興じるのも中々に貴重で愉快で安き時でありますなぁ。このような日常の素晴らしさを身をもって知るとは、わたくしも歳をとったものでございます。」
「…………何が楽しいものか。」

直義がやはり苦虫を噛み潰したように吐き棄て、師直がくつくつと笑う。
直義にとっては不愉快極まりない日常で、実際のところ師直とて同じことだろう。
今から帰って眠って、明日にでも忘れてしまいたいようないつも通りの。
そんなものでも、そんな日々でもいつか懐かしさに狂おしくなることがあるというのだろうか。
そんな日常でも、帰りたいなどと。
兄上も。

(…馬鹿馬鹿しい)

不快な男の声から遁れるように目線を空へと移す。
雲ひとつ無い青空をのびのびと自由に飛び回る鳶が羨ましい、
そんなことを思ってしまう程度に疲れているのだ、きっと。













仲のいい足利兄弟というか、まだ上手くいっているころの尊氏・直義・高師直の関係が書きたくて書きました。そしてお上に夢見すぎな尊氏も(笑)「なんだかんだ言ってお前ら仲いいよな!」とか言われてお茶を吹く直義と師直の関係が好きです(捏造)いやでも、変なところで息ピッタリだといいと思う。特にVS北条・後醍醐天皇・新田とかで(笑)

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