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書こう書こうと思って●年の月日が流れた曰くつきのアレを投入。
大昔妄想の中で語った南北朝でフレッシュプリキュ●!パロです。
フレプリってすでに何年前だよって話なんですが詳しくは2010年3月24日の記事を見てくれ!
以下のあらすじを読んで嫌な予感がした人はバックプリーズ
~あらすじ~
新田ヨシサダは上野国新田郡新田荘に住むごく普通の御家人男子。そんなある日ヨシサダのもとに京都(?)のダイカクジ王国からやってきた妖精(?)と名乗るスケトモとトシモトの二匹(?)が現れる。彼らの話によれば総統タカトキの支配する管理国家カマクラバクフが世界征服を目論み各地への侵攻を開始したというのだ。カマクラバクフの邪悪な野望を阻止するため、ヨシサダに愛と正義の戦士プリキュ●になって戦ってほしい――突然の無理難題にヨシサダは混乱し、拒絶するが、故郷新田荘を襲うカマクラバクフの手先・怪人ロクハーラを目の当たりにしたことによりついにキュア●ーチとして覚醒し、それを撃退する。残る三人の仲間たちを求めつつ、ヨシサダは世界を守るための(?)熾烈な戦いに足を踏み入れたのだった――
キュアピー●→新田ヨシサダ
キュア●リー→北畠アキイエ
キュアパ●ン→楠木マサシゲ
三人のいい年した成人男子とおっさんが管理国家カマクラバクフと戦うために
ダイカクジ王国の妖精の力を借りてプ●キュアに変身して戦っているよ!
『……かけになった電話番号は現在電波の届かないところに…』
聞きなれた機械音声を最後まで聞くことなく、ヨシサダは携帯電話を耳から離した。
軽く重量を感じるくらいぶら下げられたストラップがしゃらりと揺れる。
黄色と黒の縞模様の紐と並ぶTシャツのような形をした薄い板に書いてある背番号と名前は
お世辞にも野球に詳しいとはいえないヨシサダには馴染みのないものだった。
かつて彼から熱の入った解説を受けたような、そんなぼんやりとした記憶の中に手を突っ込んでみても
結局あやふやなままだった。…いや、それはどうでもいい話なのだ、今は。
「…結局、連絡つかないとこまで行っちゃったんですか。」
「………そうらしい。」
呆れと落胆と嘲笑と。…一つ一つを細かく分析すると3日は落ち込みそうだ、止めておこう。
ヨシサダの背後で大仰な仕草で首を振り、両手をあげて盛大に皮肉の息を吐いた冷ややかな声の主は
どーすんですか、もう…とやりきれない感情をぶつぶつと愚痴に変え始めた。
愚痴の一つでもこぼしたいのはこっちだってそうだ。でも、どうにも文句を言うこともできない。
ヨシサダは手元の見慣れぬ携帯を――独特のセンスで随分とデコレーションされた、
つまりは自分のものとは天地がひっくりかえっても言えない(本人の前では言えないが実際”言いたくもない”)
それをたっぷりと眺めて、どうしようもないやるせなさにがっくりと肩を落とした。
要するに今自分は、心の底から途方に暮れている。
「堪忍なァ」
なんやかんやで共に世界の平和(?)を守る羽目になってしまった
伝説の戦士プリ●ュア仲間の一人であるキュアパイ●こと楠木マサシゲは、
先ほど困ったように笑って手を合わせ、愛用のデコトラに飛び乗って去ってしまった。
「どうしても避けられん仕事やさかい…なるべくはよう戻ってくるつもりやけど、それまで二人頑張ってな。」
曰く、突然入った仕事らしい。
プ●キュアの使命とやらに頑固すぎるほどに忠実なアキイエは最後まで何やら言いたげであったが、
ボランティアに等しい正義の味方家業だけを優先して生きていけるほど世の中甘くないのが現状である。
むしろ、●リキュア務め(?)にあれだけの時間を割かれながら文句も言わずに
バリバリ自営業(よく考えたら何をしているのかは聞いたことがない。あまり聞きたくない気もする)
の日常を崩さないマサシゲは驚異的でさえあると思う。部活と勉強の両立は誰でもできることではないのだ。
実際のところ、アキイエもこの最年長の仲間には一目置いている(上から目線に代わりはないのだが)
少々情けないが彼も自分も認めるところの最大の戦力の離脱は、確かに心許ないものがあった。
けれど、何から何までマサシゲに頼っているわけにはいかないし、実際頼っているわけではない、と思う。
その前は二人、さらにその前は一人で何とかしていたわけであるし。
今となってはよくも一人で頑張っていたと思う、色んな意味で。
ヨシサダは遠くない過去を思い返しちょっぴり感傷に浸る。
仲間が増えたことは心底ありがたいと感じているが、正直ヨシサダは未だに彼らほど割りきれていないのだ。
カマクラバクフは許せないし、ロクハーラを倒すための力は欲しい。
大切な家族たちを守りたいと思う。けれど。
(けれど、なあ…こんな形で望むかっていわれたら……なあ……)
その辺を誰もに分かって欲しいとは言わないが誰かには分かって欲しいと思う。
それはそんなに贅沢なことだろうか。
「ちいと恥ずかしいわな」で済ませてしまうマサシゲに比べて自分の器が小さいだけなのだろうか。
いつもの際限のない自問自答、ひいてはうっかり自己嫌悪の沼に片足を突っ込みそうになり、
慌てて思考を今回の本筋の方へと引き戻す。
マサシゲに急な仕事が入って、数日遠くへ出かけることになった。
よってこれから暫くプリキュ●家業はヨシサダとアキイエの二人だけで頑張らねばならぬ。
そこまではいい。そこまでは何の問題もないのだ。
まあ、要するに、何が今回の問題かと言うと。
「…で、どーすんですか。今ロクハーラが現れたら。マサシゲさんはいらっしゃらない、貴方は変身できない、僕一人で頑張れってことですか。」
とげとげしい、いやもう言葉そのものが物理的なとげをもっているのではないか。
そんなアキイエの言葉に内から外から圧迫されながら、
ヨシサダは情けない声で「すまない…」と返すほかない。
ヨシサダのミスと言えばミスだった。
いつものようにロクハーラを倒し、変身を解除した後。
見計らったようにマサシゲの携帯がけたたましく鳴った。件の仕事に関する連絡である。
どのような話だったのか、勿論ヨシサダたちには聞こえていなかったわけだが、珍しくマサシゲが慌てた。
どうしたのか、と訊ねようとしたヨシサダと急いで踵を返そうとしたマサシゲは
ちょうど正面からぶつかり、互いに尻もちをつく形になった。
額を摩りながらなおも急いで愛車をとめた駐車場へ向かおうとするマサシゲに、
ヨシサダはせわしなく謝罪の言葉を述べ、せめてもの手伝いにと、
衝撃で手放され地面に転がっていた携帯を拾い、マサシゲに手渡す。
マサシゲは申し訳なさそうに短く二人に謝意を告げ、その携帯をポケットに突っ込む。
そうして冒頭の如く風のように去って行った。
嵐が去って落ち着いた後、一息ついて自分の携帯を拾おうとしてヨシサダは凍りついた。
地面に落ちているそれは、どうみても自分の愛用の携帯電話ではない。
結論・「楠木殿に 渡す携帯 間違えた(字余り)」
※遅ればせながら解説しよう!!
ヨシサダたち●リキュアはダイカクジ王国の妖精・リンジーの力が宿った携帯電話を媒体に
それぞれのエネルギーを得ることでプリキュ●に変身できるのだ!!
つまり変身用の携帯を持たないヨシサダたちはその辺にいるただの中年男子にすぎないぞ!!
変身手段を失ったヒーローヒロインの苦労はセー●ームーンとかでもおなじみだぞ!!
マサシゲの携帯はヨシサダの手の中。
そしてヨシサダの携帯はマサシゲのトラックに乗って今はどこを走っているのだろう。
当然のことながら、他人の携帯では変身できない。
先ほどダメもとで試してみたがうんともすんとも言わなかった。
結論からいえば、マサシゲが携帯とともに戻ってくるまでヨシサダは、
変身できないただの無力なおっさん(まだそんな歳ではないとヨシサダは思う)でしかないということである。
「勘弁して下さいよ…いくら僕が完璧だからって体力には限界があるんです。それにロクハーラが複数で襲ってきたらどうするんです。」
「く、楠木殿は早かったら明後日には帰ってくると言ってたし、ロクハーラも何日もそう立て続けにはでない…かもしれない。」
「かもしれないってなんですかかもしれないって。…それになんかこういうときに限って連日わさわさ湧いてきそうな気がするんですよね。」
貴方ってなんか運がなさそうですし。
余計なひと言がヨシサダの心の芯を再起不能にせんとばかりに深く深く突き刺さる。
確かにヨシサダは運がいい方ではない。というかむしろ運が悪かった。
外に出れば低い降水確率にもかかわらず雨に降られ、
コンビニで買った傘は購入数十分後に盗まれる。
電車にはあと少しで乗り遅れ、次の電車はというと人身事故によりいつまでたっても来ない始末。
愛読の雑誌の最後の一冊は目の前でかっさらわれ、レストランでは注文したものと違う品がやってくる。
日常生活からしてその運のなさは折紙つきだったが、
哀しいことにプリ●ュアになってもそれは変わらなかった。
家族旅行の日、大事な会議の日、結婚記念日…何故かロクハーラは狙い澄ましたかのように襲撃してくる。
変身中に謎の空間で着地に失敗して足を痛める。
ロクハーラから子供を助けようとして何故か車に轢かれる。
後々でプ●キュアの活躍が報道されるとき、新聞の一面写真は見切れてる。
テレビでは肝心の活躍シーンが映ってない。
あと味方の流れ弾にガンガン当たる。
誰とは言わないけど片方からはむしろ当てられてる気がする。
己の若さゆえの過ちとともに認めたくないものだが、ヨシサダは自他共に認める”不幸な男”だったのだ。
ちょっぴり泣き出しそうな気持になりながら、
ヨシサダは無駄だと分かってはいるけれど考えずにはいられない命題を引っ張り出す。
(……俺、何でこんなことになったんだっけなあ……)
なんでこんなことしてんだろ。考えてはいけないと分かっているけれどたまに考えずにはいられない。
カマクラバクフ、ロクハーラ、ダイカクジ王国、プリ●ュア―――
あの弐匹の妖精(?)たちが来てからヨシサダの日常は一変した――というかめちゃくちゃである。
なんやかんやで世界を守る正義の味方に変身して戦う羽目になって。
いい年こいて何故か衣装はふりふりドレスだし。
そもそも性別からおかしいんじゃねっていう突っ込みは無視されるし。
気づけばダイカクジ王国代表みたいになっててカマクラバクフからはむっちゃ目の敵にされるし。
年下の(いつのまにか)同僚には完全に見下されてる上にいびられるし。
もう一人は優しいけど、ぶっちゃけ頼りになりすぎて
自分のリーダー(らしい)としての威厳はゼロに等しいっていうか
リーダー(仮)の割にはいつも貧乏くじばかり引いてる気がするというか、幸せの●リキュアってホントかよっていうか
命をかけて戦ってるわりにはリターンが少ないっていうレベルじゃない気がしないでもないっていうか
頼むからホント普通の服で戦わせて下さい。家族に正体がばれたらと思うと田んぼにハマって死にたくなるから。
ホントはあんまり地元で変身したくないんです。変身後の決めポーズって絶対やらなきゃだめなんでしょうか。
何で自分が…とは言わないけれど。いや、ちょっとは思うけど。ほんのちょっとは。
思わせてくださいそれくらい。お願い。
それでもロクハーラから人々を守れるのは嬉しいことであるし、
誰かがやらねばならぬならばという気概もある。
カマクラバクフと戦える人間として認めて貰えているのを光栄に思う気持ちもある。
力を授けてくれたことを感謝もしている。
何より、その行為自体にはやりがいを感じていると言えるのだが。
ヨシサダが延々と終わりのない鬱思考にエンドレスワルツしそうになったその時、
手の中の携帯電話が震え、めいいっぱいの音量でやかましい音楽を響かせ始めた。
見返したディスプレイには『新田殿』いう表示が明滅を繰り返し派手に自己主張していた。
登録名にまで敬称をつけてくれている電話の持ち主の優しさ(?)に思わずホロリとくる。
恐らくサービスエリアか何かで気づき、慌てて電話を返してくれたのだろう。
早く電話に出ろというアキイエの無言の圧力に背中を焼かれながら、
義貞は表面の過剰なデコレーションを剥がしてしまわないように、丁寧に携帯を開いた。
そう言えば、なんてタイトルだっただろう、この曲。
聞いたことがなくはない曲なのだが、どうにもタイトルが思い出せない。
確か、タイトルもマサシゲは教えてくれたと思うのだが。
ほんの少しだけ曲とともに記憶を掘り起こして、かすかに手ごたえ。
「…ああ、とりあえず。」
『六甲おろし』は正式タイトルではない。
拾い上げた煮え切らぬ答えを今は頭の隅に追いやって、ヨシサダは溜息とともに通話ボタンを押した。
主役の座ゲットだよ!しながら不幸な新田先生が書きたかっただけのようなパロで実に申し訳ない。
そしてよりによって更新するのがこれかいっていう。
南北朝の現代パロで二代目将軍兄弟です。妄想前回の時期に書いたんで大分残念だよ!(いつものことだ)
創作歴史現代パロが苦手な方は閲覧注意。っていうかもう創作歴史である意味がないよねコレ。
「お前の頭はどこにある」(義詮と基氏)
現代パロ二代目将軍兄弟。常にいっぱいいっぱいな兄と反抗期まっさかり(?)な弟。
多分大学生と小学生な感じだがその設定に大した意味はなry
「…兄さん。」
努めて冷静に、むしろ優しく声をかけたつもりだったが、
相手には自分が思っているよりずっとずっと恐ろしい響きを持って届けられたようだった。
大げさなくらいに跳ねた背中が恐る恐る振り返る。
…そんなこの世の終わりみたいな顔、しなくてもいいじゃないか。
苛立ちを気取られまいとしたけれどもそれは叶わなかったのだと、
兄の顔がますます泣き出しそうに歪んだことで知る。
それ以上はもう考えるのも面倒になって手にしていたもう一本の笠を乱暴に突き出した。
「捜したよ。こんなところで傘も差さずに何やってんのさ。」
「……。」
「ほら、帰ろうよ。兄さんはただでさえ体が弱いんだから風邪でもひいたら大変なんじゃないの。」
今度は努めて迷惑だという形を崩さないように気を使った。
事実迷惑であったし、兄の考えの足りない行動に呆れもしていた。
こんな風に人の手を煩わせる様もうっとおしいし、
そうしておきながらその自覚が在りながら黙って結局何も答えぬその態度にも腹が立っていた。
体の心配など建前にもならないただの皮肉だ(だいたい小学生に心配される大学生ってどうなのだ)
だのに、兄がなかなか傘を受け取らずに雨にじっとうたれている姿が、一番基氏を苛立たせた。
基氏と年の離れた兄義詮の関係は、もうずっとこの調子だった。
互いが互いに無関心なわけではない。仲が悪いわけではない。けれど良くも無かった。
いつの間にか、ではない。考えてみれば、兄弟仲睦まじかった時期など果たしてあっただろうか。
それどころか盛大に喧嘩をした覚えさえない。ましてや共に遊んだ記憶など。
平均的な世の兄弟よりも年の差が大きいことは確かにその一因となっただろうが、
基氏はそれが最もたる理由だなどとは思っていない。
自分達の間の溝が溝たる所以はもっと根深く、しつこく、単純で、きっと死ぬほど下らないものだ。
そしてそうであるが故に、それはもう永遠に埋まらないものだと基氏は諦めている。
「……兄さん。」
目の前の傘からは決まり悪げに目を逸らして、
義詮はまだ庭木の茂みのほうに目を泳がせていた。
何をして何を考えているのかはしらないが往生際が悪い。
それともこの期に及んでまだ兄としての体面とやらでも考えているというのか。
その濡れた肩に直接傘の柄が押し付けられてようやく、義詮は何かを諦めたかのように
小さく息を吐いて立ち上がった。それでもその目はまだ、何かを探すように遠くを向いている。
「………逃げられた、のかな。」
「…はあ?」
「とても、綺麗な殻のカタツムリだったんだけど。…それとも。」
見間違いだったのかな。
うわ言のように独り言のようにポツリポツリと呟かれた言葉に、基氏は目を丸くした。
ぽかんと口を開けて兄を見上げて、一拍遅れて猛然と込み上げてくる呆れと怒りに絶句した。
カタツムリ。蝸牛。マイマイ。
そんなものをたまたま見かけたからわざわざ雨の中に飛び出しただって?
それが曲がりなりにも大学生のすることか。カタツムリなんて珍しくもなんとも無い。
というかカタツムリに逃げられるなんてのが一番ありえない。
家のなかから遠回りしてきたって、普通は捕まえられるだろうが!
逃げられるとかどんだけのどん臭さなんだ。うちの兄はカタツムリ以下か。
見間違いだよ完全に!というか、見間違いであってよ!!
俯いた基氏の眉間にみるみる皺がよっていくのを見て、
義詮は己のそれが失言であったことに気付いたのだろう。
決まり悪げに、基氏の傘を奪い取って「帰ろう」と彼のほうを見むきもせずに踵を返した。
迎えに来た弟を気遣うこともなく、ぱしゃんぱしゃんと跳ねる水音は遠ざかっていくが、
基氏はそれに特に気分を害することなく―――いや、それには、気分を害することなく、
遠ざかる青い傘を憮然とした表情で見送っていた。
(ばっかじゃないの。カタツムリ。たかがカタツムリのためにこの雨の中?小学生でもしないよそんなこと!)
恥ずかしいったらありゃしない。
本来なら基氏が恥ずかしがる必要などないのかもしれないけど、恥ずかしいものは恥ずかしい。
そんなことで風邪をひかれたら堪ったもんじゃない。
やっぱり兄はどこか抜けている。どうにも一番大事なところを理解してくれない。
どうして兄さんはああなのだろう。けして愚鈍ではなく幼稚でもないと基氏は思っている、けど。
けれどやっぱり兄さんは何かどうしようもなく分かっていないのだ。その様がイライラして仕方がない。
基氏は兄のそういうところが昔から嫌で嫌でたまらなくて、まさか大学生になってもそうだとは思わなかった。
本当にいい加減にしてほしい。
ずっとずっとそう思って、今日またその思いを新たにさせられたというわけだ。
ため息なんだか舌打ちなんだか分からない、ぐちゃぐちゃになった空気が雨に溶けた。
基氏は暫くその場から動きだすことができなかった。
その瞳は地面を這って、兄が座り込んでいた紫陽花の茂みの一帯に向けられている。
(…いい加減にしてよ。)
いい加減にして欲しかった。けど、いい加減にどうなって欲しいのか、答えられなかった。
基氏は昔からずっとずっとずっと、兄のそういうところが嫌いだ。
自分の机の上に置かれた空っぽの虫かごを思い出して、乱暴に足元の泥を蹴り飛ばした。
基氏はお兄ちゃんが大好きなんだよきっとそうだそうなんだとか思ってたらいつのまにかこうry こんな感じの微妙な兄弟関係を中心とした南北朝現代パロ連作がやりたいと思っていた時期が私にもありました。そもそも現代パロにする意味はどこにあるのだ。
拍手本当に有難うございます。もうすぐ二周年です、有難うございます。
相変わらずなこれからも変わる予定の無いブログで実にすいません…OTL
拍手を力に頑張っていきたいと思います。…いけたら…いいな…(え)
大河ネタ捏造初音さんシリーズはとりあえず本日を持ってボッシュートさせていただきます。
見てくださった方々、本当に有難うございました。酷い妄想でした(自覚はあったよ)
「しかれど我ら太平を望むもの」(足利兄弟と高師直)
ギャグでと思ったらいつの間にか意味不明なベクトルに飛んだ話(死)
建武政権崩壊前の、つかの間の一時。ほのぼののつもり。つもり…だったんじゃよ…
そして残念ながら七夕とは一切関係ありませんOTL
(…この音は……)
近況報告その他諸々のため、久しぶりに京都の高氏の屋敷へと訪れていた直義は
向う先から聞こえてくる懐かしい音に足を止めた。
上手く音が出せないのか、どこか擦れてときに調子はずれな音まで出てしまい
奏者の慌てた溜息が音の合間に聞こえてくる。お世辞にも、上手いとはいえない。
けれど酷く懐かしく、どこか優しく暖かいその音色に直義は自然と頬を緩めた。
子供のころから、直義は兄の奏でる音色が好きだった。
ふと湧き上がった郷愁の念と悪戯心が、その先へと進む足音と気配を薄れさせていく。
「笙ですか、兄上。」
「たっ…直義!!いつから…って、…むう…その様子では散々聞かれてしまったな…。」
「散々も何も、子供のころからずっと聞いておりますが。」
「…それにしても今のは聞かれたくはなかったのだ…。」
よほど笙に集中していたのだろうか。何の前触れも無く突然かけられた声に
大仰すぎるのではないかと言うほど体全体で驚きを表して高氏は気恥ずかしそうに顔を背けた。
幼い時分…まだ高氏が笙を習い始めたばかり、自分の前でまったく上手く吹けなくて
すねていた姿などを思い出して、零れそうになる笑いをなんとか押し留めた。
代わりに驚かせてすいません、と謝罪して高氏と向かい合う形で座り込んだ。
「つい懐かしい音色だったもので…途切れさせたくなかったものですから。」
「相変わらずお前は…からかうのはよせ!いくらわしでも先ほどのあれが散々なものだというくらい分かるわ…」
「いえ、確かに…その、散々なものではありますが。私がお止めしなかったのは懐かしかったからと申し上げました。昔を思い出しまして…何、勘が戻っていないだけでしょう。すぐに元の通りになりますよ。」
「むう…言いたいことを言ってくれおって…。確かにもう随分と吹いておらなんだがなぁ…」
まさかここまでとは…と少々消沈してしまう高氏に直義は困ったように笑う。
素直な兄の性分は、そのまま笙の音色にも表れる。
「ここ暫くはそれどころではありませんでしたから。楽に心を傾ける余裕も無かったでしょう。これからまた少し忙しくなりそうですが…なに、世が落ち着いたらまたゆっくり励まれればよいのでは?兄上は腰を落ち着けてじっくり取り組んだほうがよろしいように思われますよ。」
「む…確かにその通りなのだが……そう、今更と言うものなのだが……」
「…?どうかなされましたか?そういえば、どうしてまた急にそんな…」
自身の性格を自身より把握した弟の的確な言葉に半ば納得しながらも歯切れの悪い高氏の
不可解な様子に、直義はどこか嫌な予感を隠せないまでも、やはり尋ねた。
…尋ねなければよかったのかもしれない。大体、ある程度予測がついていただろうに。
いや、しかし見てみぬ振りだろうとやはり自分の知らぬところでというのは癪なものであって。
直義は後にこの時のことを色々と逡巡するが、結論から言えば答えは出ていない。
高氏は言い出しづらそうに、しかしどこか喜びを押さえきれないような浮ついた調子で、
もごもごと言いよどんでいた言葉をついにポツリと吐き出した。
「……実は、な。今度御上の御前で…その、笙を披露することになってな…それで、練習を。」
「………………………………………………………………へぇ。」
どこかで何かに大きなひびが入った。
ぽっと効果音が出そうなほどほんのり頬を赤く染めて顔を背ける高氏と対照的に
直義の表情は先ほどの緩んだ笑顔はどこへやら、雪山を背景にした絶対零度のそれへと
一瞬で変貌している。長い沈黙の末に出された相槌は何オクターブか分からぬくらい低い。
穏やかな春の空気が畳三畳分ほどの空間だけ暗黒空間へ変わり果ててしまったことは
幸運なことに本日この離れに高氏が余り人を近づけなかったため知る人は少ない。
少ない…と思いたいところだが色々と漏れでていそうなのでその実は知らない。
でれでれと気恥ずかしい様子のまま顔を抑えている尊氏は勿論気づかない。
(よりによってまたあの馬鹿帝の差し金かッ………!!!!)
胸のうちで荒れ狂う業火を表に出すまいと直義はソウナンデスカ、と生気のない声で続けた。
「まあ、それでな。わしも帝に到底お聞かせできるものではないと申し上げたのだが…み、帝が是非聞きたいとそう仰って下さってだな…!!!!」
「……へー、ソウダッタンデスカ…。…私その話まったく聞いていないんですけど。」
「お前は鎌倉にいたからなー。くうう、お前もその時京に居ればよかったのに…!!そうだ、今からでも御上にお前も連れて行けるようにお願いして」
「いえ、結構です。私も何分忙しい身ですので。」
高氏の言葉を最期まで聞くことなくぴしゃりと即答した直義に高氏は少々残念そうな様を
隠さなかったが、すぐにじゃあ仕方が無いなと困ったように笑いかけた。
高氏の機嫌は相当いいようだ。帝から笙を請われたことが素直に嬉しいのだろう。
直義の目からでなくとも高氏の浮かれようは一目瞭然だ。
そして直義にはそれが素直に気に入らなかった。煮えくり返る腸、凍りつく顔面。
正直あんな帝のどこがいいのだろうか。高師直の存在と同じぐらい理解に苦しむ。
(…あんな生命力が無駄に強いだけの偉そうで傲岸で自己中心的で計画性のないものの道理など何一つわきまえていないような血筋を取ったらぶっちゃけ只のおっさんどころかそれより性質が悪いそんなやつのどこが兄上はそんなに好きなのですか…いや考えたくもないけれど)
そりゃ我々よりもそのような修養はあるだろうけれども。なんたって一応帝だし。…一応。
(いやいやいやいや!だからと言って我々の本分は武士だ!あのような輩とやたらめったらと付き合うのは兄上の今後によろしくない!というか兄上によろしくない!!)
「……余計なことを申し上げるかもしれませんが、今回は見送られてはいかがですか?先ほどの様子ではやはりまだ帝にお聞かせするわけにはいかないのではないでしょうか。しかし修練をつむとて京の治安も安定せず兄上もまだご多忙の身の上。そう易々とはいきますまい。」
とりなおして、冷静な弟の顔でそう告げられると、高氏もうっと言葉に詰まった。
どうやら痛いところを突かれたらしかった。
「…むう…そう、それなのだ……今のままでは到底披露するに及ばないのだ…ああは言った手前、少しは自信があったのだが…まさかここまでになっておるとは…。た、直義。率直なところ、お前はどう思う。」
「聞くに堪えませんな。」
「…さっきはそこまで言ってなかったぞ。」
「我々の感性で、での話です。御上ともなればさぞ音楽に造詣の深いことでしょう。私たち程度が満足するような演奏ではとてもとても御耳に及ばないのではありませんか?…まあ恥ずべきことなのかもしれませんがそれは我々の本分ではございません。少なくとも、今は。世が平穏を得てこそ我らもそのような時が作れましょう。」
「…む…うううう…」
「それに…正直に申し上げますと。…口さがない公家の輩に何を言われるか。足利の棟梁がそのような恥をかかされ笑いものにされるのも耐え難いことですが、…それで兄上が傷ついてしまわれることのほうが、この直義には耐えられません。」
「直義……」
「兄上、悪いことは申しません。この度は見送られては如何でしょう。御上の方には私から上手く申し上げておきます故。何、来るべき時が来たならば、また機会はございましょう。」
兄が心配でたまらないのだ、という心を表情の前面に押し出して冷静に、しかし熱を入れて説くと
初めは渋々という形で聞いていた高氏も、途中で感極まったように眼を潤ませ弟の名を呼んだ。
ぶっちゃけ、ちょろい。しかしここで勘違いしないで欲しいのは直義はなにも表面だけ
兄のみを案じ諭す弟を演じているわけではない、という点だ。誤解しないで貰いたいが、
足利直義は誠心誠意、心の底から、南無八幡台菩薩、天地神妙に誓って本心も本心から
兄・高氏の身と心の健やかたるだけを案じ、このような説得に至っているのである。
そう全ては兄上のことを思って。兄上のことを思うからこそ心を鬼にしているのだ。
けしてあの某帝のことがこの世で高師直の次に気に入らないから、等という個人的な理由ではない。
…完全に無いとは、言わないが。
うんうん、と直義が誰に向けたのか分からない自己弁護をちょうど終え、
納得していただいたようでよかった、と高氏に微笑みかけようとしたそのときだ。
ぽつり、と高氏が直義の名を呼んだ。
「…直義。」
「はい、なんでしょうか?」
「……その、お前がそんなにわしを心配してくれておるとは思わなんだ。とても嬉しく思う。ありがとう、直義。」
「兄上…当然のことです。礼をおっしゃる必要などありませ」
「だから本当に申し訳なく思うのだが……その………やはり行っても良いだろうか。」
「「……………………………………………」」
カコーンと間のいい音でも響けばよかったのだろうが勿論そんなものは無かった。
世の中そう上手くできていないものである。よって兄弟間の沈黙は気まずいこと限りなしだった。
てへ☆とでも効果音の付きそうな引きつった愛想笑いの高氏に対し
直義の口元は「は」と言い掛けて止めたように固まり笑っているようにも見えるが
勿論目は笑っていなかった。怖い。そのまま兄弟はたっぷり20秒ほどにらめっこを続けて、
先の根負けしたのは―――――――――直義だった。
高氏の愛想笑いが崩壊しきるのを前に、はあ、と大きな溜息をついてゆっくりと兄に尋ねた。
「……理由をお聞きしてもかまいませんね?」
「…うむ…」
直義が譲歩の姿勢をとったことが以外だったのか、高氏は一瞬戸惑いを見せたが
弟の問いにしっかり頷き、喋り始めた。
「…馬鹿にされるかもしれないのは承知の上だ。けれど、それでもわしは、御上に今のわしの笙を聞いていただきたいのだ…」
「……それは、」
「わしが疑われておることは知っておる。次なる北条氏は足利ではないかと、な……」
北条の名を語るとき、高氏は一瞬痛みを堪えるかのように顔を歪め、無理矢理に笑った。
そんな高氏に思わず言葉をかけようとして、直義は思いとどまる。
倒幕の戦に最もといっても過言ではない働きを為し、そして今も鎌倉を中心として
多くの武士への影響力を保持する源氏の名門、足利家。
北条の治世を否定し、新しい天皇の支配を掲げる新政下において足利が第二の北条となり
それを脅かすのでは、という恐れは抱かれてしかるべしであった。
高氏も直義もそれは覚悟の上、…いや本音を言えばそれを否定しきれない疚しさもあったのだが。
「(…疚しさなどという言い方は正しくはない。別に疚しい事など何もない。私たちは。)」
「…確かにわしは、何もかも御上と同じ考えではない。わしはやはり…征夷大将軍を戴き幕府を開く夢は棄てきれぬ。そうあるべきだと思うておる。…故に、彼らの讒言を否定しきれぬ。」
「………」
不甲斐無い、と俯いた高氏に直義は黙って首を振る。
しかし、と高氏は顔を上げて力強く続けた。
「わしは断じて、末期の北条のようになるつもりはない!天を御上から奪い世を乱すつもりなど!私もまた太平を願っている、安き世を作りたい、…今は形は違えど、お互いに手を取っていけると思っていると、…信じていただきたいのだ。」
「…そのために?」
どこか悲痛でさえある高氏の叫びに直義はかすかに眉を顰めたが、
努めて穏やかにそう尋ね返した。高氏は一拍だけ呼吸を置いて、黙って頷く。
そんな兄の様子が何故だかとても痛ましく思えてしまって、直義は目を伏せる。
(……兄上は、…正直が過ぎる。)
良くも悪くも、素直に過ぎる。外にも内にも、自分の感情に上手く嘘をつくことが出来ない。
それは高氏の美徳であり、多くの者たちが彼を慕い、直義もまたそんな兄を愛している。
けれどそれは時に正直であるが故に迷いを生み、彼をいたく傷つけるのだ。
高氏は、信じている。それを理解してもらえると、手を取り合えると。そうなって欲しいと。
破綻は目に見えていることを理解する一方で、心の、どこか奥深くでも。
(…………………やはり)
やはり、行くべきではない。と直義は思った。
例えどんな結果が待っていようと、最終的に傷つくのは高氏だ。どんな形であれ。
一度抱いてしまった情を何だかんだと誤魔化すことのできない人間なのだ。
それに、直義はこの先の未来を、
「……兄上。無礼を承知でもう一度申し上げます。やはり私は行かれるべきではないと思います。兄上の仰ることは…尤もではありますが、御上に誠意をお見せになられるならばもっと別のやり方があるのではないでしょうか。兄上、私は。」
「………うん。」
高氏が頷く。直義も少し、目線を落とした。
「私は、兄上のことが心配なのです。」
「……うん、直義…」
分かっている、と高氏はやはりほんの少し傷ついたように笑った。
軋みともすれば緩んでしまいそうになる心の箍を必死に抑えながら、直義は尊氏と向き合う。
(分かっていない。兄上は、分かっていないからそんな顔をする。)
思い切り溜息をついてしまいたい、それをしないでいられるのはもうとっくに慣れてしまったから。
このような問答だって、内容は違えどそのパターンたるや繰り返されたものだ。
高氏の強情は昔から折紙つきだ。強情なくせに悩む。悩んで悩んで棄てきれない。
兄の甘さも、それを自覚していると言いながらやはり矯めきることの出来ないところも。
直義は高氏以上に高氏のことを理解しているといってよかった。
(それで苦しむのは、結局兄上ではありませんか。)
「……けれどな、直義。傷つくのも上手くいかないのも予想がつくことだというのに…それでも、わしは行きたいと思っているのだ。」
「…兄上。」
直義が続けて何か言おうとするのを視線で遮って、高氏は一拍の間の後、息を吐いた。
「直義、……御上の笛の音をお聴きしたことはあるか?」
するりと動く尊氏の目線を直義が追い、兄弟はほぼ同時に外に眼をやった。
見下ろす木目の先敷居を越え、廊下をなぞり庭を這い、寄り添いつたえるのは塀までだ。
後は何も無い、ただ広々とした青空が広がっている。何にも妨げられることない、自由。
あまりに許容されすぎるが故に、心許ないくらいの日差しの眩しさに、思わず目を細める。
「演奏は奏者の心をありのままに映す。そして本当に美しいものは、まこと混じりなき曇りなきものは、きっと技術も知識も言葉も越えて直接心に染み入るものなのだ。」
空を見上げ、その声にだんだんと興奮の色を増していく高氏の横顔を、直義は見ていた。
まっすぐな憧れと尊敬と喜びに、きらきらと輝くその瞳を見ていた。
同じ父を持ち同じ母の胎から生まれた兄弟は同じ色の同じ瞳を持っているはずなのに、
直義は自分のそれと高氏のそれが似ていると思ったことは一度も無い。
それでも似ているといわれることが嬉しいのか、本当は似ていないことが喜ばしいのか、
兄の瞳の中に一体自分が何を捜そうとしているのか、実のところ直義は未だに分からなかった。
「あの音を聞いた。あの美しい音を。美しい、ああ、わしはそう思うことしかできなかった。かように美しきものがこの世にはあるのだ。醜く愚かな汚らわしいだけのものではないのだ。わしらは美しい世をつくっていけるのだ。これからは、そのような時代が始まるのだ。」
興奮冷めやらぬ、半ば陶酔さえしたかのように高氏は早口にそう言い切り、
再び直義に向き直って満面の笑みを浮かべた。
その少年のような純粋さに満ちた真っ黒な瞳が、どうしてそんなに澄んでいるのだろう。
直義はしかしそれに後ろめたささえ感じることが出来ず、目を逸らすこともできず、
頭の中は酷く明瞭なままに、ただ兄の笑顔に惹き付けられたまま動けなかった。
呆れたのかも知れなかった。もしくは思いもしないことに飲まれてしまったか。分からないが、
しかし。もっと、ただ、単純に、こんなに嬉しそうな兄は、久しぶりだった。
「なあ直義、わしはどうしたらいいのか分からぬ。人と人は、どうしたら真分かり合えるのか分からぬ。何を交換すれば、何を見せ合えば、信じあえると言うのか友となれると言うのか、わしには分からぬのだ。かように定かでない脆き糸に縋ることさえ出来ぬ人の業はどうすれば断ち切れるというのか。分からぬ、分からぬ故恐ろしい。生きていくことが。誰にも言えぬ、お前にしか言えぬことだが。」
だが、と高氏は笑う。震える手を引っ込めて。
「どうにかなるような気がしたのだ。どうにかできるような気がするのだ。あの音を聞いて、御上の笛を聞いて、わしはそれでも信じることが出来ると思ったのだ。わしは聞いてもらいたい、今のわしの嘘偽りの無い気持ちを御上に聞いていただきたい、わしも御上と同じ気持ちであると、信じてもらいたいのだ。なあ、直義、」
身を乗り出した高氏が直義の手を取る。
思わず少し身を引こうとしてしまったことを後悔するが、高氏が気にした様子は無かった。
高氏の目が直義の瞳を覗き込む。自分の目が覗き込まれてしまうことが何故か恐ろしくて、
目を逸らしたいと思ったが、できるはずもない。
兄上。続けて何か言おうとした。まず、落ち着いてください、と。
落ち着いてください。兄上は少し興奮しすぎていらっしゃる。白湯でも飲んで落ち着いて、
仰りたいことをなさりたいことを、一度整理しましょう。そしてこの直義の話をお聞き下さい――
頭はいつも通り冴えていて、思考回路も正常に運行している。
なのに、何一つできなかった。その黒い瞳の中に映る自分の姿を認めたときに。
高氏が笑う。困惑した弟を宥めるように優しく、勇気付けるように。兄の顔で笑う。
「大丈夫だ。心配要らない。きっと上手くいく。きっとこれからは、何もかもがいい世になっていく。」
だから。
そう笑う高氏の笑顔が、子供のころから変わらなかった。
子供のころから変わらない兄の笑顔が、酷く眩しく美しかった。
「それで、結局説得は失敗なされたわけでありますか。」
「煩い黙れ。兄上の気分転換にはちょうどいいかと思っただけだ。別にこれからもそうあるべきだとは思っていない。」
「まるで小姑…いえいえ何も申しておりませんよ、そのように睨まないで下さいませ。そうですか…御舎弟殿の説得には期待していたのですが。わたくし共も警護にかり出されるのは少々面倒でありましてね、まあ馳走に預かれるのは喜ばしい限りなのですが。」
くっくっくっ、と高師直は楽しそうに笑ったが、理解したくも無い。
結局高氏は帝の招きに応じることに心を決めた。今も政務の合間を見て笙の猛特訓中だ。
根負けして高氏を帝のもとに行かせることを(しぶしぶ)承諾した上に
こうしてその経過と此れからを話す相手がこの男だというのだから最悪なこと極まりない。
面白いわけがない。面白いわけがないだろう!!
苛立ちを一目瞭然、らしくもない貧乏ゆすりで発散しながら直義は米神に手をやった。
もう既に頭がキリキリ音を立てていたがこれからのことを考えると更に痛みが増すようだった。
そんな直義の様子が面白くて面白くて仕方がないというように師直は声を上げて笑い、
直義が振り返って睨みつける度だけにわざとらしく声を抑えてにやにやと直義を見つめていた。
そして更に眉根を吊り上げる直義をからかっているのは明白で、それがこの二人の日常であった。
「まあまあそうお怒り召されますな。殿がそうしっかりとお決めになられて行かれるのならば喜ばしいこととして歓迎せねばなりますまい。殿はこれから否が応でも都の公家共と渡り合ってゆかねばならないのです。此度の結果がどうあれ…殿にとっても御舎弟殿にとっても、ひいてはわたくし共にとっても今後を推し量るに於いては良き経験になるとわたくしは思いますがね。」
「…どちらに転んでも、か。相変わらず嫌らしい奴だ。」
「おやおやおや。わたくしはてっきり御舎弟殿も同じお考えだと思いましたがね。口に出したばかりに汚れ役を押し付けられるとは。口は災いの元とは真ですなぁ。しかしそんな風に思われては実に無念です。ええ、無念ですとも。」
「……もういい。いい加減にしろ。」
より芝居がかった調子で涙ぐんでみせる師直に既に許容以上の怒りを覚えていながらも
これ以上付き合うのは馬鹿馬鹿しい――それ以上に師直の思う壺であることは分かっていたので
直義は溜息をついて師直の流れを断ち切った。
師直がそれに不満の声を上げはしたが直義は勿論さらりと無視した。無視をするに限る。
「まあ、冗談にならぬ冗談はここまでにしておくとしても。」
もう幾らからかっても直義は釣られてこないことを理解したのだろう、
ふと笑う師直の声の調子が変わったことに気づき、直義はほんの少し目をやった。
先ほどまでの癇に障る憎たらしい笑みとは違い、どこか穏やかな優しい笑顔だった。
勿論、それでも気に入らないものは気に入らないのだけれども。
「真、良き経験になると思っておりますよ。都の華やかなそれに触れ、自らもそれに身を投じるなど…楽の如きそれならばなおのこと。穏やかなる心なくしてできるものでは有りますまい。我らは戦こそ本分の身の上なれど、殿と同じ。世の平穏心の安寧に越したことはございません。そして世は而れども無常、太平はけして永久では、ない。」
「…………。」
「なぁに、良いではありませんか。わたくし共も明日はどうなるか分からぬような時代なのです。楽しめることは楽しめるうちにしておくが得策かと、わたくしは存じますがねぇ。」
からからと笑って師直は空を見上げ、青空を旋回する鳶を見つけては手を振っていた。
そんな師直を直義は黙って見つめている。眉をしかめたままの仏頂面で、しかし黙って。
結局師直の言葉に何も言わなかったのは、直義もまた、そう思わないでもなかったからだった。
仮初の平和。空虚な秩序。偽りの絆に保たれる崖っぷちの世でつく一息を、
馬鹿馬鹿しいと思いながらも切り捨てられないのは直義も同じなのだ。
結局高氏を強く止めきることができなかった理由は、直義自身のその迷いに帰するのだろう。
やらねばならぬことが、為さねばならぬ道がある、けれどこのまま、このままも。
このままの時間にだって、きっと、
「くっくっくっ!いやいやそう思えばこうして御舎弟殿と気ままに雑談に興じるのも中々に貴重で愉快で安き時でありますなぁ。このような日常の素晴らしさを身をもって知るとは、わたくしも歳をとったものでございます。」
「…………何が楽しいものか。」
直義がやはり苦虫を噛み潰したように吐き棄て、師直がくつくつと笑う。
直義にとっては不愉快極まりない日常で、実際のところ師直とて同じことだろう。
今から帰って眠って、明日にでも忘れてしまいたいようないつも通りの。
そんなものでも、そんな日々でもいつか懐かしさに狂おしくなることがあるというのだろうか。
そんな日常でも、帰りたいなどと。
兄上も。
(…馬鹿馬鹿しい)
不快な男の声から遁れるように目線を空へと移す。
雲ひとつ無い青空をのびのびと自由に飛び回る鳶が羨ましい、
そんなことを思ってしまう程度に疲れているのだ、きっと。
仲のいい足利兄弟というか、まだ上手くいっているころの尊氏・直義・高師直の関係が書きたくて書きました。そしてお上に夢見すぎな尊氏も(笑)「なんだかんだ言ってお前ら仲いいよな!」とか言われてお茶を吹く直義と師直の関係が好きです(捏造)いやでも、変なところで息ピッタリだといいと思う。特にVS北条・後醍醐天皇・新田とかで(笑)
拍手をいい加減代えよう変えようと思っているのですが…何にも変わんなくてすいません…
拍手本当に有難うございます。本当はもっと更新する力で応えていけたらいいのですが…OTL
リアルで生きていく力を貰ってます(爆)力にも励みにもなります…!有難うございました!!
「証明終了」(足利義詮と佐々木導誉)
歩み寄りたかったのか歩み寄りたくなかったのか。
二代目将軍と二つの兄弟の終わりを見届けた男。物語の後日談の御終いの話。
読みづらいです(死)
「嬉しくて誇らしくて頼もしくて、けど辛くて苦しくて重たくて怖くて怖くてずっとずっと恐ろしかった。辞めたかったわけでも投げ出したかったわけでも死にたかったわけでもないし、足利の家に父上の子として嫡男として生まれてきたことを後悔したことなんて一度も無い。…すまない、一度もないかといえば嘘になってしまう、きっと一度はあった一度くらいはあったもしくは二度三度。けど、そうじゃなかったことのほうがずっと多かったから、結局今だってそんな風に思っていないわけだから、きっと後悔していないということでいいんだと思う。それでいい。けどやっぱり辛かった苦しかった重たかった怖かった怖かった怖かった。目が怖くて声が怖くて存在が怖くて何もかもが恐ろしかった。いつもいつだって何をやっても拭えなかった。父上なら叔父上なら彼なら基氏なら或いは或いは或いは。文字を一つ書くたびに指が震えた。音を一つ発するたびに喉が渇いた。歩くたびに見るたびに聞くたびに触れるたびに考えるたびに言いようのない恐怖ばかりを味わってきた。もしかしたらもしかしたらと考えるのが恐ろしくてそんなことばかり考えている自分の愚かしさに耐えるのが苦しかった。耐えてばかりで結局どうにも出来ないのだと自覚してからはもっともっと苦しくなった。父上を恨んだ叔父上を憎んだ彼を羨んだ基氏を厭うた。どうしてこんな風にしたのだとなったのだとどうして自分はもっと上手くやれないんだろうとどうして自分だったのだろうとさえ。父上にも叔父上にも彼にも基氏にもなれない私はどうすればいいのだろう。それでも将軍の座を手放す気にも何もかも投げ捨てて享楽に溺れる気にもなれなかったのは、確かに喜びで誇りで尊敬で責任感だったろう、それが無かったなんて思いたくはない。父の叔父の苦しみを今まで流された血を混迷の戦乱の齎した惨禍を無駄にしてはならない繰り返してはならない。私はそれを信じるものを守りたかった。私は将軍でありたかった。けど、けどそれは、とても下らないちっぽけな矜持でも在りはしなかっただろうか。惨めで辛くて苦しくて重たくて怖くて怖くて自分の愚かさを思い知っても、それでも己の不器量を認めきることも出来ない、必死に将軍の座にしがみつこうとする事で認めさせようとする目を逸らそうとする、そんな、救いようの無い利己に塗れた自尊心からではないのか。ああ、全てではないだろう。それが全てではない、全てが真実かもしれない。けど、けれど、その中で一番強かったのは、もしかしたら。私は結局逃げたいのではないだろうか。許されたいのではないだろうか。救われたいのではないだろうか。そんな浅ましい思いを隠したままみっともなく言い訳を続けてきて今もそうなのではないだろうか。辛かった苦しかった重たかった怖かった怖かった怖かった…永遠に終わりのない道を走り続けて、逃げ続けているようで…振り返るのも恐ろしかった。振り返って、己の真実の姿を見るのが恐ろしかった。だから走って、走って、懸命に走ってきたつもりなんだ。そうは見えなかったかもしれないけど。追いつかれないように捕まらないように何もかも剥がれて中身が露見してしまう前に。そうすることが正しいと思って。正しかったんだと思う。だって私は、今とても楽な心持なんだ。確かに辛かった苦しかった重たかった怖かった…でも、もう全部昔のことなんだ。今はとても、穏やかな気持ちでいられるよ。もう辛くもないし苦しくもないし重くもないし怖くもない…怖くない。もう何も誰も恐ろしくも恨めしくも憎くも羨ましくも厭わしくもないんだ。私は将軍だ、そのことが今は、私の中にすっかり溶け込んで何の違和感も無い。まだまだ問題は山積みなのだけれど、煩わしいことは何もかも解決してしまったようにさえ思えるくらいなんだ。ただね、解決したことにはしたけれど、肝心の部分を飛ばしてしまったようだよ。肝心の答えを飛び越えて、問題が解決した解放感だけが突きつけられてしまったみたいだ。それでも心持はとても安らかなのだけどね。今なら私は自分の愚かさをすんなり受け止められるんだよ。だから、だからそんな今に君に問いたい。嘘偽りなく答えてくれ。今までの君の言葉に、嘘偽りがあったとは思わないけれど。」
そこまで一気に言い切って、義詮は黙り込んだ。
こちらから、俯いたその顔は伺えない。ただぽつりと丸くなった、小さな背中が見えるだけだ。
春も終わりに近づく庭は千切れた花びらの合間に緑を散りばめていて空は雲ひとつ無く美しかった。
義詮が俯いた顔を上げる。こちらは振り向かないまま、空を眺める。
冷たくはないはずの春の風に、枯れた唇が震えた。
「私は、基氏にどうして欲しかったんだろう。」
(いっそ。)
その続きを紡ごうとして引きつった喉がひっと音にならない吐息を漏らした。
黙りこくった背中はピクリともしない。身じろぎもせずに答を待つ背中は、
幕府の若き最高権力者の揺るがぬそれでありながら、酷く老いて頼りない。
その背に、残酷なことだと知りながら、それでも彼は心のままに答を告げる。
「それは、本人にお聞きなさるのがよろしいでしょう。」
義詮の背中は微動だにしなかった。
そのまま義詮はたっぷり空を眺めた後、やがて静かに振り返る。
足利の棟梁に相応しく、武士を統べる将軍に相応しく、優雅で淀みがなかった。
「そうだね。」
そうすればよかった。
子供染みたその言葉が、声が、背中の変わりに震えて滲んだ。
子供のころから、父親と違い笑うことも泣くことも下手糞な少年だった。
或いは重圧から恐怖から、或いは意地と矜持から。
それら全ての苦しみから解放されたという大人になった少年は、
やはり泣くことも笑うことも出来ずに、疲れきった瞳で導誉を見上げていた。
(いちばんとりかえしがつかないことはなんだったろう)
基氏死後の義詮の話でした。義詮が好きだァァァァ!!という気持ちだけが暴走して出来ました(死)尊氏義満に挟まれて、地味だったり暗君だったりなイメージが強い気がする義詮だけど、なんだかんだで結構優秀な人だと思う。尊氏が残していった山積みの問題を押し付けられて四苦八苦している姿を見ると本当に泣けてきます…義詮と義満では結局政治の方向性が変わってしまったわけだけど、義詮の作り上げた幕府の基盤なくして義満期の繁栄はなかっただろうとか言ってみたり…言って…みてもいいかな…(何故弱気)ただやっぱり義詮は、自身を或いは尊氏と或いは直義と或いは直冬と基氏と…いろいろな人と比べてしまって自分の身を覚束無く思っていたのではというかそういう設定です(爆)それでも将軍という立場で踏ん張って、これから実を結ぶんじゃってところで死んでしまうんだもんな…しかも基氏の死後すぐに…OTL義詮と基氏はあんまり仲が良くなかったようですが、基氏死後すぐ義詮も死んでしまったところを見ると、やっぱり基氏が死んで張っていた張れていた糸が切れてしまったのかな…と。偶然といえば偶然ですが(笑)
とりあえず萌えだけを原動力に書いたんでいろいろ酷い。いつものことだね。
ところでこれはまだ(というかまさしく)南北朝時代の話なんですけれども、
このカテゴリは南北朝時代といいつつ、鎌倉後期~室町前期ぐらいをカバーして行こうと思います。
室町後期は(とりあえずこの先書いたら)一旦他史他時代カテゴリに入れるってことで。
「水よりも濃い海に沈む」(足利基氏と導誉)
歩み寄りたいのか歩み寄りたくないのか、とにかく歩み寄れない兄弟と、
その仲を取り持ちたいらしい導誉の話。何か色々ぐだぐだでぎすぎすしたアレな感じ。
ちなみに、義詮→室町幕府二代将軍(兄) 基氏→初代鎌倉公方(弟)
(…ほう、)
珍しいものを見た。
いや、更に正しく付け加えるのならば珍しい人を珍しい場所で見た。
次第に歪む口元と気配を必死に殺しながら導誉は目当ての人物の元へ――
らしくもなくぼんやりと廊下に立ち尽くしている基氏に殊更陽気に声をかけた。
「これはこれは御舎弟殿!お久しゅうございますなぁ。いつこちらへ?」
「……!…判官殿かい。これはどうもご挨拶痛み入るよ。」
残念というか流石というべきか。基氏が見せた動揺はほんの僅かなものだった。
数秒前の茫洋とした無表情から一転して今は既にいつも通りの皮肉に満ちた鉄壁のそれだ。
まあやはり不快なものは不快だったようでそれを隠しもせず眉を顰めている点では
まだまだつけこみ甲斐がありそうなものなのだが。いや若さとはいいものだ。
こちらも隠しきれていないだろう悪戯心を裏ににこやかに挨拶すれば、
青年はぶっきらぼうに鼻を鳴らして形ばかりの返事をした。
いつものことながら好かれていはいない。
「おや、もうお帰りになられるので?」
「用ならもう済んだのでね。これ以上無駄な滞在で将軍のご不興を買う必要もないだろうし。」
「それは残念。将軍殿と御舎弟殿と某。久闊を叙して御歓談に預かろうとでも思っていたのですが。」
「それはそれは。ああ、真残念極まりないが今回は遠慮させていただくとするよ。私も何分忙しい身の上なのでね。もし次の機会があったらまた懲りずに誘ってくれたまえ判官殿。」
皮肉と不快感以外の感情は殆ど読み取れない起伏のない早口で一気にそう言ってのけると
基氏はひらひらと手を振りながら導誉の脇をすり抜けていこうとした。
「…笙、ですかな?」
基氏の足がピタリと止まる。あまりにも分かりやすく。
そう、先ほどからかすかに、途切れ途切れに聞こえてくるのは笙の音だ。
音を確かめたり、何度も同じ部分を練習しているのだろうどこか不器用さは
恐らく奏者が個人的に練習をしているからだろう。師範の教授はいつだったか。
そしてその奏者の正体など、言うまでもない。
「そういえば御舎弟殿は笙の名手だとか。一度某もご拝聴したいものです。」
「………。」
「そうですな、今度ご兄弟で共に演奏なされるというのは如何ですかな。御舎弟殿は楽にも造詣が深いと伺っております。」
「………で?」
「某も少々の心得はございます。僭越ながら是非一度お耳に入れていただきたいと思っておりますよ。」
「……だから、何。」
「よろしければ某にもご教授頂けると幸いなので」
「…いい加減にして欲しいんだけどな、佐々木判官。今すぐその回りくどい言い回しをやめてくれるかい?僕に言いたいことがあるならさっさと直接いいなよ。」
振り返った基氏の声は一段と低い。苛立ちは最早殺意にさえなるのではないか。
(むう…これは少々つっこみすぎたか。)
一応内心で反省らしい言葉を並べては見るものの実際は欠片も反省していない様子で
(実際反省しているとは言いがたかった)道誉は顎に手をやった。
「興味があるのならば態度で示せばよいのではないのですか?」
「別に興味なんてないよ。ただ偶然耳に入っただけさ。」
「それでも共通のご趣味であらせられるかもしれませんでしょうに。基氏殿はお詳しいのでしょう?」
「将軍殿と違って所詮は道楽だからね。気負いもしなければ無駄な知識もつくというわけさ。将軍殿は肩に力が入りすぎているようだよ。相変わらず、だな。」
全然上手くならないんだから。そう言外に含ませて基氏はわざと挑発的に唇を歪めた。
あまりにも不敬極まりない、不用意な言葉を故意に吐き捨てて見せるのは
基氏本人のシニカルな、しかしともすれば自虐的とも言えるだろう捻くれた性格に
よるところも大きいが、恐らくは導誉への意趣返しだった。
基氏は導誉がどういうつもりでこの話を吹っかけてきたのかを概ね理解している。
理解しているからこそ、けして導誉が基氏の不利になるようなことを義詮に報告しない
であろうことを予見している。全て計算ずくでのお返しのつもりなのだ。
既に主導権は自分にあると確信し、そのままどんな挑発で引き止められようと
適当に導誉をあしらいこの場を去ろうとした基氏だったが、
その歩みは彼の予想だにしない一言で再び遮られることとなった。
「言えばよろしいのではないですか。”何なら自分が指導してやってもいい”とでも。」
絶句、と言うより他無かった。
「……………………………………は、………?…………」
かろうじて搾り出せた言葉もそんな風に間抜けに聞き返す音でしかなくて。
(何を、言ってる?この男。)
基氏の困惑はその顔を見るまでも無く明らかで、更に言うならば
導誉に向ける眼差しが驚愕を通り越して同情と侮蔑さえ含んでいるのも明らかだった。
「言えばよろしいではないですか。」
「………ばっ…………かじゃないの………」
あっけらかんと嫌味も何も無くただありのままにとんでもないことを言ってのける導誉に
ようやくついてでた言葉はそれだった。そう一度口に出してしまえば後は何もかもが
堰を切ったように溢れ出す。そうなったら一瞬にして真っ白になった頭もどんどん冷えてきて、
例えようも無い苛立ちと怒りが込み上げて来た。
「…判官殿がそこまで馬鹿なことを言い出すとは思って無かったよ。それともそれは新手の離間工作か何かかい?それにしてもお粗末過ぎて涙が出るよ。僕に、それを言えと?そうしろと?馬鹿馬鹿しい。馬鹿馬鹿しすぎて笑う気にもならないよ。君が常々何を企んでいるのかは知っていたつもりだったよ。それでも節度というものはあると思っていたんだけどね…もういい、私が愚かだったようだ。」
表情から言葉から全身から、その怒りを隠すことなく余すことなく一息に導誉にぶつけ、
基氏は今度こそ踵を返した。もう導誉の引きとめる言葉は無い。
「………失礼するよ。将軍殿に精々宜しく。」
「…失礼致しました。ご道中どうかお気をつけて。」
基氏は何も応えなかった。
やがて角に消えて影も形もなくなるまで、なくなった後も暫く、
導誉は基氏の背中を見送り続けていた。
「……そりゃあ確かに怒るにきまってますなぁ。面白い筈が無い。いくら義詮殿でもそれはそれはお怒りになられて兄弟大喧嘩。うむ。下策も下策。火を見るより明らかですとも。」
うんうん、と至って本人は真面目な調子で導誉は頷いてみせる。
そこに基氏がいたのならば、それはそれは眉を顰めるどころではなかっただろうけれど。
基氏の高圧的な申し出にぽかんとした後泣き出しそうに顔を歪めて真っ赤になって怒る
義詮の姿まで想像してしまい、思わず噴出しそうになる。面白くはあるかもしれない。
下策も下策。そりゃそうだ。ただでさえ劣等感を感じずにはいられぬ優秀な弟から笙の
手解きを受けるなど義詮の繊細でいて頑固な矜持にはけして許容できたものではないだろう。
そんなのは誰にだって分かる。義詮と基氏の不仲を知っているのならばより。
だからこそ基氏は激怒したのだろうし、導誉の言葉を本気だとも取らなかっただろう。
今まで以上にコケにされたと思っても仕方がないことだ。
実際導誉もそんな方法で万事上手くいくなどとは思っているはずも無かった。
思ってなど、いなかったが。しかし。
「……けれどねぇ、基氏殿。そうやって否定するけれど貴方様は結局何もしないんじゃありませんか。」
導誉はそこにはもういない青年に、殊更真摯に語りかける。
基氏の理解は、所詮概ねであるのだ。概ねでしかないのだ。彼はそれを理解していない。
下策も下策。それがならないのは分かっていても。
好意も悪意も。否定も肯定も。親愛も憎悪も。どこにも立たず何を選ぶことも無い。
(兄上は私が嫌いで嫌いで仕方がないのだ。私が何をやっても気に入らない。持つ必要のない劣等感で己が眼を曇らせている。私が兄上を馬鹿にして見下していると思い込んでいる。そんなことは無いのだといってやっても信じない。呆れたものだ。呆れが伝わればますます疑う。兄上、可哀相で仕方のない兄上。兄上が嫌っているから、仲の良い兄弟になれるはずもないのだ。どうしようもない兄上。可哀相な兄上。孤独な兄上。兄上が信じればいいのに。嫌いでもいいから私を信じてくれさえすればいいのに。どうせ無理だろうけど。兄上が、兄上が、兄上が―――)
理解しているからこそ理解される筈が無いと理解しているとそう信じているから。
どうせ何も成るはずがないと結局は何もかも諦めているから。
その理解と諦観を、言い訳に。
「だったらいっそ喧嘩でも何でもしてしまったほうがよっぽど健全な関係だと思うのですがねぇ…やれやれ。ま、どうすりゃ一番いいのか分からないからわしにも困ったものだ。」
誰が見ているわけでもないというのに導誉はさも困ったように大仰に肩をすくめた。
らしくもない気を利かせるべきではないということだろうか。
確かに導誉は基氏のことも義詮のことも嫌いではないのだからこれはこれでいいのだけれど。
そしてあの青年が本当に今のままでも構わないと思っているのなら、話はずっと楽だったのだが。
はたはた困り果てているつもりだが、零れ落ちた溜息は酷く気の抜けたものだった。
(まったく。)
何だかんだと厄介なものを背負い込んでしまったものだ、と呆れてしまう。
これ以上踏み込んでも大した益になるとは思えないし、何より苦労の割りに
リターンが少なすぎる。兄弟げんかの仲裁など昔からそんなものだ。
ああ、もうだったらさっさと首を突っ込むのは止めにしてしまおうか。
そもそも何故自分はこの兄弟の仲に入れ込んでやろうなどと思ったのか。
まあ、それなりに真摯であっても真剣ではないからしてやるといってもこの程度、
それが基氏にも暗に伝わっているからこそのあの態度なのだろう。
(やれやれ。)
導誉はもう一度、今度は胸中でだけそう呟いて苦笑する。
導誉の脳裏に、彼らとよく似た、彼らではない兄弟の残像が蘇る。
つたない兄の笙を聴いて微笑む弟、それに気をよくして笑う兄は――――
「…………ま、ここまで来たからにはもう少し見届けるとするか。疲れるには疲れるが…退屈はしないですみそうなことだし。」
精々大人の目で見守るとしよう、と導誉は笑い自らも基氏とは反対の方向に踵を返した。
さてさて今日は義詮のどんな話を聞くことになるのやら。
何事もとりあえずは楽しむ構えをとること。それが導誉の人生のスタンスだった。
(まあ、とりあえずの範囲で約束は守るとするよ。足利の。)
義詮の笙を聴く基氏の、あの酷く無防備で穏やかな、笑みになりきれなかった微笑に免じて。
誰が聞くでもない誰が見るでもない受け取るものは誰もいない言葉に合わせ、
餞別とばかりに導誉はどこかに大きく手を振った。
(それでも、彼らは溺れ死ぬこともできずにそこで生き続ける他ないのだから。)
何か色々詰め込んだら(詰め込んだつもり)話の焦点がぶれまくったような気がする話。うちの義詮と基氏と導誉はこんな感じですよーという話というか。互いが互いに相手を言い訳に和解(というほど仲悪くもないんだが)を結局は諦めている兄弟と、これでもそこそこ真面目にその仲を取り持っているつもりの導誉さん。尊氏直義の悲劇を知っている導誉さんとしてはこれはこれで悪くない兄弟関係だとも思っている。この兄弟の愛憎劇に上杉とか絡んできて更に泥沼化するんですけどそれは又今度的な。導誉さんはどう書いたらいいかわからない人物の一人なんだけど、ふざけた信用できない男に見えて誰よりも尊氏に誠実な人間だといいな、と思う。結果論だったとしても。要するに大河導誉が大好きです(謎)